ウェストーバー・エアショー2018(T-33)


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いきなりT-33が離陸した

ロッキードのベストセラージェット練習機であります

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私が子供の頃、昭和30年代(小学生)、ジェット機と言えばこの独特のシェイプでありました、主翼両端に付いている大きなロケットみたいなのが「燃料補助タンク」であるとは知る由もなかった

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ただただ格好良かったなああ

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ロッキードのジェット戦闘機P-80「シューティングスター」をベースに複座化された機体なんですが、本家の戦闘機型がすぐに時代遅れになっていく一方で、この練習機はライセンス生産を含めてなんと6557機が作られるという傑作機になりました(余談:戦闘機型のP-80は1944年1月には試験機が飛行しておりまして終戦間際には配備が始まったのであります、我が日本軍にとってはありがたいことにこの戦闘機が実戦に参加する直前に終戦となった、こんなのが実戦投入されていたら目も当てられない惨状となったことでしょう、米国では5000機の発注に対して900機程度のところで注文キャンセル、他国の生産を含めて1700機程度の生産量で終了しました、それでも結構多いと思うけど)

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日本の航空自衛隊も全部で278機保有していたそうです、数年前のボーイング787の試験飛行の時のチェイス機もT−33でした、当時787よりもチェイス機が画面に映るのを楽しみにライブ中継を見てしまった、本当に寿命が長かった飛行機です、作った人はロッキードの名設計技師「ケリー・ジョンソン」

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車輪を出してスロー航過

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あだ名は「Tバード」と言われております、川崎航空機(当時の名称)にて210機がライセンス生産されました、航空自衛隊では2002年まで使うつもりだったんですが、1999年に入間川へ1機が墜落して(パイロット二人はベイルアウトすれば助かったのですが、そうすると住宅地に墜ちる可能性があったので、敢えて操縦を続け脱出を遅らせたため殉職したということです、脱出直後に機体が送電線に接触して河川敷に墜落、一般人の死傷者はゼロ、操縦ミスどころか市民の犠牲を出さないための苦渋の判断でありました)これを機に運用が終了してしまいました。

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本日のエアショーのパイロットは「Gregory “Wired” Colyer」(のハズ、急遽パイロットが変わったりしてなければ)

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