羽田→神戸 スカイマーク


何時のフライトだったのか、記憶が薄れてしまったのですが此の冬スカイマークで羽田から神戸に帰る時に懐かしき立川基地と横田基地が見えた

th2017marDSC03101

立川基地の北側に見える広大な空き地が日産村山工場の跡地ですね、でかいなあ。元々プリンスの工場だからテストコースもあったみたいだし(暫く近くに住んでいながら、見に行ったことがない、不覚)

さて快晴の飛行で、浜松を通過中、空自の浜松基地がエンジンポッドに隠れてちょっとだけ見えてました

th2017marDSC03108

で、神戸に着陸するんですが、私は今回右側の窓しか取れなかったので明石海峡大橋の写真は撮れず、そして急に雲が多くなって来て搭乗機は滑走路東側からの着陸に向けて右旋回と左旋回をやってる、遠くに大阪を見ながら低空をアプローチ、凄い雨雲とシャワーが迫る

th2017marDSC03113

とうとう海面も見えなくなった、高度はかなり低くなってるはずなので久々に緊張が走る

th2017marDSC03114

機内アナウンスで『滑走路を視認出来ませんでしたので、着陸をせず(ゴーアラウンドして)天候の回復を待って再度アプローチをし直します』ということで、上昇、結局姫路のコンビナートあたりまで戻って来た、関電の発電所が見える、薄い水色のタンクが燃料の液化天然ガス(LNG)です

th2017marDSC03123

この発電所にブルネイからLNGを運んでいたのが「LNGアクエリアス」「LNGトーラス」「LNGバーゴ」「LNGレオ」「LNGジェミニ」といったバーマオイルのLNGタンカーでした、なんと1970年代の話で、それらのタンカーはアメリカのジェネラル・ダイナミックスで建造されたシリーズでした、いまや大型商船は全く作っていないアメリカの造船業の最後の傑作シリーズであります(アメリカの大型船建造はいまや軍艦だけ)、主給水ポンプがアメリカのCoffin Turbo Pump社のものが載っていて幾度か沖修理のために部品を持って訪船した記憶が蘇って参りました、修理が長引いて本船が沖に出てポンプの組み立て完了を待っていたこともあった、終わったら夕方で暗くなってから縄梯子で通船に降りて陸に戻ったこともある(出航間際なのでタラップは収納してしまってたから縄梯子)、人生初の「縄梯子」でした、鞄を持って一緒に降りようとしたら乗組員から『バカなこと、危ない、両手を空けてしっかりステップ(横木)を握って下さい』と諭されて舷外に、足が上手く横木に乗っからなくて怖かったなあ、縄梯子って人が乗ると横木が逃げて足がなかなか掛からないんです(その時初めて知った)、よく革靴が脱げなかったものだ、おまけに下にいくと波に通船が上下していて移乗もまた一苦労、冷や汗びっしょり、私のアタッシュケースは別のロープに結んで降ろしてもらった、本当に怖い思いした、我々が通船に乗り移ったらすぐにスクリューが回り始めてタンカーが動いたのにはまたビックリした、黒くて大きな船体が目の前をゆっくり横切って行く、超スロー(前進微速)なのに船首波は噴水のように上がって水を切っていくのであります、恰好良かったなあ

今となればそれも会社人生駆け出しの頃の楽しい思い出です、関電姫路でした

そのあと飛行機は家島群島上空を旋回して神戸空港に再アプローチ、さっきの雨雲が過ぎ去ってうそのように静かになった空を降下、雨のあとが残る飛行場に着陸でした

広告
カテゴリー: 未分類 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中