知覧に行ってきました


「知覧」といえば「特攻隊」、でも行ってみて驚いた、知覧は武家屋敷がしっかり残っている著名な町でした、知覧茶というお茶も有名、お芋も有名です、認識を新たにしました、で、取り敢えず真っすぐ記念館に行きました、先ずは「飛燕」

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飛燕が特攻に使われた機数は少ないはずなのでちょっと場違いかなとは思いましたが、皆無ではないからいいのかも

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右主翼に爆装しております👆左主翼には補助タンク👇

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結構派手な塗装であります、本当にこんなので飛んでいったのかな?

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ともあれ、日本に残る唯一の三式戦「飛燕」です、始めて見ました、なかなか格好いい飛行機ですね

それと、今回是非見てみたかったのが四式戦「疾風」

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米国でレストアされ1973年に入間で実際に飛んだ飛行機です、その後日本人のお金持ちに売却されてしばらくは富士重工にあったものの、所有者が死んでからというもの数奇な運命をたどり現在ではボロボロの状態で此処へ、全く飛行出来ないひどい状態です

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情けない姿であります、日本では動体保存よりも展示物保存の発想しかないのでこれでも良いのかも知れません、しかしやはり飛べる状態にしてあげたいですね、機体の前に展示してある入間での飛行写真もピンボケのもので、私の撮った素人写真と変わらないグレード、もうちょっとなんとかして欲しいです

ただし重要なこと、ここは飛行機の博物館ではありません、特攻を忘れない為の記念館です、そういった飛行機展示のうんちくは的外れでしょう

(この館内では写真撮影禁止でした、私は知らないで撮ってしまった、出るときに気がついたのです、スミマセン)

約70年前の日本でここから千人以上の若者が特攻に出た、という事実を忘れない為の場所です、ここから出撃して帰らぬ人達の写真とか遺品を見ると、まことにやるせなくなります、当時の日本の為政者・軍首脳の「決められない」面々のおかげで死地に追いやられたのであります、そして死んだのは何も特攻だけではありません、アジア各地で沢山の人が死んだ、沖縄で、国内で、太平洋の島々で沢山の民間人も死んだ

しっかりと記憶に留めておくべきことです

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