満州国皇宮(9・最終回)


いよいよ今日で溥儀の皇宮報告を終わります、最終回は何と言ってもこれ👇

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一・二階吹き抜けのホール

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映画の「ラストエンペラー」で溥儀が皇帝になった時の祝賀パーティの場面、意外と狭い、ここであの映画を撮影したんですね

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上のバルコニーに甘粕正彦が立っていたり、婉容が気がおかしくなって花の花弁を食べたりしたシーンを思い出させます、貴重な歴史を語り継ぐ建物であります、右手下の台湾人のおじさんと話しているのが我々のガイド嬢、無愛想な御姐ちゃんでありましたが、我々の熱心な(いちいち展示物や展示部屋に立ち止まるから遅々として見学が進行しない)勉強に結構親切につき合ってくれました、彼女らも共産党目線の歴史感を持っているんでしょうが、少しもそれらしい嫌みな解説とか対応はしなかった、台湾人のおじちゃんが私に英語で言う時につまらんことは省略したのかも、それにしても3時間強、普通なら1時間くらいでさっさと通過するコースを我々爺さんたちにつきあって良く辛抱して案内してくれました、感謝

外に出たらもう陽は西に傾いておりました

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とても良い勉強になりました、長春へ無理をして来た甲斐がありました

皇宮の敷地内に蒸気機関車が野外展示してありました

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如何にもアメリカンなスタイルやな、と思ってエンブレムを見たら、確かにアメリカ製でした

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フィラデルフィアに昔あった「ボールドウィン」という汽車会社の製品で1898年製です

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ロシアのパテントで保護されてますよ、というプレートが面白い、当時ロシアの技術が進んでいたことを再認識しました、このボールドウィンという会社は凄く大きな汽車会社だったようです、日本にも明治時代に輸入されております、が、戦後ディーゼル機関車に需要が変化していく波に乗り遅れて、ウェスティングハウスのてこ入れも空しく1956年に機関車製造を止めた、勝ち組のディーゼル機関車は「EDM」と「アルコ」、この「アルコ」もEDMエンジンを積んだ「GE」(もともとアルコ=American Locomotiveの電装品はGE製で工場もGEのお膝元ニューヨーク州のスケネクタディーにあった)に吸収されてしまった、それにしても面白いものを見た

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皇宮の外に出たら台湾人の「甥」が運転手と一緒に車で待っていてくれた、合計4時間くらいをずっと駐車場で待っていてくれたそうです、もうあきれるほど感激してしまいました、中国人の接遇の篤さはその気になった時にはとんでもなく徹底しております、これにも恐れ入りました

以上で中国旅行の全報告を終わります、最後に、帰りの飛行機からかろうじて見えた万里の長城の写真を貼っておきます、飛行機の窓から目を皿の様にして地表を見ておりましたら、深い霞の向こうに何か見えたので手持ちの超望遠カメラで適当に見当をつけて撮影した、帰宅後コンピューター処理をしてやっと長城が識別出来るような画像になりました、恐らく山海関に近い方の場所ではないかと想像してます、画面右下から左上にクネクネと延びている線がそれ

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